「親ばか」 大騒ぎ


JUGEMテーマ:子育て日記

「親ばか」 大騒ぎ

撮影 小倉譲

昨年8月に産まれた第3子の我が子。
産まれた瞬間、3人が3人とも一重だね……っと。

どこかで、二重を期待していた私と妻。
少し残念ではあったけど、我が子であることは間違いなく。

そして最近、

ときどき

片目だけが二重になる我が子。
それだけで夫婦の親ばかぶりは最高潮!!

二重だ〜 〜。

かわいい〜。

すげ〜。っと盛り上がる。

冷静になると、やっぱ親ばかですね、これって。

小倉譲 拝
 

小倉譲の旅ブログ 付添い介護付き旅行「旅こころ」へ

こんな町に住みたい こども園10年無料化


JUGEMテーマ:子育て日記
こんな町に住みたい こども園10年無料化

撮影 小倉譲

北海道 上士幌町とう所がある。
そこでは、ふるさと納税が14億円も集まったと言う記事をみた。

そして、それを財源にこども園を10年間無料化っと。

子どもが3人いる私としては、なんてハッピーな町なんだろうっと。
綺麗な空気に
広大な景色。
のびのびと子育て出来る。

そして、無料。

そう考えると、こんな町に住みたいっと思ってしまうのは私だけだろうか。

そして子どもが高校生になったら、今度は大阪へ。
大阪も所得により異なるにしろ、高校は無償化(←リンク)

素敵すぎる。
わが町もそうなればいいのに……。

小倉譲 拝

小倉譲の旅ブログ 付添い介護付き旅行「旅こころ」へ

医療費の増加がやばい…。


医療費の増加がやばい…。



厚生労働省のHPで、医療費の推移がでていた。
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-iryohi/08/kekka1.html

私が生まれたのが昭和52年。

昭和50年のデータを見ると、
国民医療費が64,779億円。  
人口一人当たり国民医療費57.9千円

そして、平成20年のデータが、
国民医療費が348,084億円。  なんと、5.3倍以上
人口一人当たり国民医療費272.6千円 なんと4.7倍以上

国民医療費の増加は、人口構造の変化により増えるのは仕方がない。
けども、1人辺りの医療費も4.7倍に増えているこの事実を、
どう理解したらいいのだろう・・・・

そう思うのは、私だけなんだろうか…。

小倉譲 拝

小倉譲の旅ブログ 付添い介護付き旅行「旅こころ」へ

会員制倉庫型スーパー


会員制倉庫型スーパー

小倉譲

今朝早くから、とある会員制スーパーに
妻と子3人と足を運ぶ。

今月、会員の継続の月やけど、継続せんでええんちゃう?っと。
妻がいう。

朝いちばんに行くと、子どもが走り回りながら
買い物ができたし、
まとめ買いも確かにできた。

安いとか高いとか、そんなことも考えずに、
ただ妻の後を追う私。
ちょっとしたエンターテイメントに近い買い物かなっと
思う。

なんで継続せんの?っと聞くと、一言。
「安くないから」

家の近所にある外見がピンク色のドラックストア―。
そっちの方が安いし、会費がいらない。

確かに会員制で年間4000円近く支払っていて、
なおかつ値段も安くない。
大量に入っているから安く感じるけど、
グラムで見ると決して安くないんよっと。

さいごになるかも知れないここでの買い物。
張り切って色々とカゴに入れる私。

会計の時、
「更新ですけどクレジッド引き落としにしておきましょうか?」
っと、レジの方に言われた時、妻が

「結構です」

強い。私なら

「あっお願いします」

っと言ってしまうのだが、家計を守る妻の強さに感激した。

小倉譲(おぐら ゆずる)

小倉譲の旅ブログ 付添い介護付き旅行「旅こころ」へ

鬼には内?


JUGEMテーマ:子育て日記

鬼には内?

節分 小倉譲

節分の日。
家に帰ると、娘が、

「豆まきするの〜」

っと、
じゃパパが鬼になるね〜。
娘が幼稚園で作った鬼の仮面をかぶる。

寒い中、小さな庭にでる私。
家の中から、子どもが豆をまきだす。

「鬼は〜そと」
「鬼は〜うち」

え〜 呼び戻してどないするねん!!(笑)

「福はうち」だよっと
なんどか教えたんだけど、豆をまくのが楽しいのか…改善されず。

今年は鬼がうちにくるか、
もしかして、鬼にばけるのか………。イヤイヤ

小倉譲(おぐら ゆずる)

小倉譲の旅ブログ 付添い介護付き旅行「旅こころ」へ

駅のトイレで心が温まる瞬間


茶髪のにいちゃんの嬉しい一言

本日の朝のとある駅。

小便をするために、トイレに足を運ぶ。

中に入ると、3つある小便器の

一番左側を清掃する方が

ゴム手袋をして掃除してくれていた。

真ん中。

180はあろうか、茶髪のにいちゃん。

ポケットから落ちそうなくらい長い財布。

その財布にクサリがジャラジャラっと。

あ〜怖い人なんだろうな〜っと。

一番奥を使った私。

すると、隣のにいちゃんがチャックをしめるしぐさを感じる。

その瞬間、

「おばちゃん、掃除ありがとうね」

っと大きな声で。

ビックリした私。

手を洗わずそそくさに外に出たにいちゃんの背中が

見えなくなってから、

掃除の方が、「行ってらっしゃい」っと。

感謝の気持ちは伝えないと。

いつもありがとうっと。

なんだか、駅のトイレで心が温まる瞬間でした。

小倉譲(おぐら ゆずる)

小倉譲の旅ブログ 付添い介護付き旅行「旅こころ」へ

辛かったことが2つ、嬉しかったことが1つの2015年。


辛かったことが2つ、嬉しかったことが1つの2015年。




1年ぶりのブログ更新。
辛いことが2点。
嬉しいことが1点。
内、1点はまだ継続中の辛いこと。
そんな渦中にいる中、ブログまで意識がまわらない1年でした。

辛いことと嬉しいこと、それは二つで一つ。

嬉しかったのは、2015年8月12日に第3子の次男が生まれたこと。



この子は奇跡の子と私は思っている。

妊娠何週目かの時、いつものように会社へ向かうべく
玄関で靴を履く私。その後ろで見送る妻。

ドアを開けて「行ってきます!」っと言った瞬間、
「大量の血」破水だった。

初めてではないだけに、一瞬で心が曇る。
病院に駆け込み、ドクターに言われた一言は一生涯忘れない。

「もう難しいです。今から手術をしますか?」っと。

とてつもない悲しみを抑えきれない妻の鳴き声。
地球の回転が止まったような感じがした私。
やっと出た言葉が、

「もし1%でも、命の可能性があるのであれば、そこにかけたい」

っと。

先生は、2〜3日に様子を見てから考えましょうか?
っと、その場で入院が決まる。

それから1週間、2週間と過ぎ、不思議にも羊水が増え始めました。
まさに奇跡。先生は、

「すごいですね。それでも40週は持たないでしょう」っと。
そして、呼吸器系などの障がいを持って生まれてくる可能性が
高いです、っと付け加えて言ってくれた。

私は命がつなげたこが、最悪のことを考えると嬉しかった。
産まれてくれれば、愛情を注げる。
産まれてこれない以上の不幸はないっと。

それから、長い入院生活。辛かったことは数えきれない。
精神的には、
・妻がまだまだ小さい長女長男と生活が出来なくなったこと。
・毎日不安にさらされながら病院の天井を見続ける妻。そんな妻を見るのも、
 それ以上に、妻もしんどかったかと。
・仕事と育児に追われる自分。
 特に、2人の子にご飯を食べさせ、お風呂に入れ、寝かしつける。
 そして、朝4時頃に起きて仕事を始め、6時半に子どもを起こす。
 着替え → 朝食 → 歯磨き → 一時保育…。それから仕事に向かう。
 育児に、「しんどい・疲れた」って言葉は何の意味もなさないだな。
・毎日、子どもを連れて病院へ足を運んだ帰りに、静かに泣く子ども。
 まだ3才の長女だけど、分かっていて我慢している姿には心が痛む。

経済的には、
・一時保育 2,400円/日×2人×数か月。
 これは本当にしんどかった。
・入院費…。高額医療だけど、かなりの費用が掛かった。

色んな人の手助けがあって乗り越えてきて、
8月12日に無事に「慧(けい)」を産んでくれた妻。
本当に感謝。

長男の時も入院生活が長かったし、
今回も長かった。
仕事と育児を両立してみて、男は女には勝てない。
いや、勝つなんてあつかましい話なんだろうな。

男性の育児参加がどうのこうのっと世間では言われているけども、
一週間くらい、妻が子どもを置いて家出をすれば、そこで初めて
育児の大変さを実感するんだろうな、男性は。
そこまでしらしめないと、男性の意識は変わらないだろうっと、
男性の自分が思う。

また、当事者になって思ったことは、
妊娠・出産・育児に関して、
公的サービスも、民間サービスもさほど充実していないこと。

まだ近くに実家があるので、助けを求めることが出来たけど、
近くに頼れる人がいない家族は、子どもを産み育てることをためらう
のも当然ですね。
きっと、出生率を上げるなどの議論をする場合、
女性の経験者だけの部会を作って制度設計しないと、何も変わらない
のだろうな〜っと、思った1年でした。

もう一つのしんどかったこと。
それはまた改めて…。

小倉譲 拝
 

小倉譲の旅ブログ 付添い介護付き旅行「旅こころ」へ

阪神淡路大震災から20年で思うこと


阪神淡路大震災から20年で思うこと

震災から20年の月日が経過した。

今や神戸の町を見ると、
ハード面においては復興していると言えるのではないかと思う。

しかし、ソフト面はどうだろう。
震災復興住宅での孤独死。
全国的に核家族化が急速に増えた事、今や高齢者夫婦のみ世帯が54%。
内、高齢者単身世帯が24%。24%の内、男性が28%・助成71%
となっており、これも一つの大きな要因だと思う。

ただ、震災復興住宅により、コミュニティが分断されたこと。
もし、コミュニティが分断されていなければ、震災からの関連死は
減らすことが出来たのかも知れないと思う。


話しが変わるが、
震災当時は私は17歳だった。
震災のインパクトは非常に大きく、自分の力、人の力なんてちっぽけ
なものだと感じた。

日常が壊れ、多くの命が奪われた目の前の事実が、
自分の人生を大きく変えた人生の転機になったことは間違いない…。

私自身もボランティア活動をやった。
それは、今はNPOワーカーとして切っ掛けになったことは間違いのない
事実であり、その年はボランティア元年と言われている。
それまでもボランティアは世の中にはあったが、まさにボランティア
活動が大衆化したのも阪神淡路大震災であったように思う。

テレビや新聞等の報道。
もう20年もたったのかと思う一方で、
この20年、私たちはどう変化してきたのだろう。

震災で壊れた日常が、今や新しい日常を当たり前のように過ごしている。
「震災を風化させない」「震災の教訓を」
そういった言葉が多方面から聞こえてくるけど、

阪神淡路大震災から、
・まちづくりは、
・打撃を受けた企業は、
・そして震災を経験した個人は、
どう変わろうとして、変わってきたのか。そんな視点での検証があまり
なされていないことを少し残念に思う。

話しを戻すと、
震災復興住宅の問題。
ハードは復興したが、まだ課題が残るソフト面での問題。
その問題は、阪神淡路大震災被災地だけの問題だけでなく、少子高齢化が
進む日本社会の大きな未来への宿題なのかも知れない。
そう思うと、ボランティア元年から次のステップに進むべく、私(たち)自身
も変わっていかなければいけないのだと思う。

小倉譲 拝

小倉譲の旅ブログ 付添い介護付き旅行「旅こころ」へ

未来なんて、保障されていない。


未来なんて、保障されていない。




特に最近そうだ。
忙しいと言うよりも、自問自答することに疲れてきている気がする。

明日明後日のことで、自分が担う役割の中で、

「これでいいのか」
「この判断でいいのか」

そんなことを常に問いかけながら進む。

そして未来にも、
「このままでいいのか」

そんな疑問を持ち続けている。

私達は生きている限り、未来へと進む。
そして多くの企業の方もそうだけど、
組織に属しているからといって、未来の保証なんてない。
特に、経営側として、常に1年10年先を見据えて動かないといけない。

それは、スタッフの成長と
組織の成長がイコールでないと、組織に未来がないと思うから。

だから、常に虎かライオンか分からないけど、
猛獣に後ろから追われるている気分になり、
少しでも不安を取り除こうと、突っ走る。

たぶん、自分に自信がないのだろう。

未来は作るもんだ。
そんなことは分かっているが、簡単ではない。
理想と現実の違い。
でも、一歩でも理想に近づけたい。
自分の価値観に沿う仕事で未来へと歩みたい。
それは、NPOワーカーとして、私の本質なのかも知れない。

ふと、妻子と町を歩く。
その後ろ姿を見ていると、心が安らぐ。

あ〜、こんな近くに幸せってあるのだな〜っと。

家族を守る。
そんなことは思ってもいない。
家族と一緒に、乗り越えていきたい。

疲れている場合ではない。
さぁ、あきらめないことが明るい未来の第一条件だ。

小倉譲 拝

小倉譲の旅ブログ 付添い介護付き旅行「旅こころ」へ

「夜の会議」  物差し


夜の会議  物差し

夜の会議は原則しない……。
生産性が決して高くないだけでなく、一人が帰りたいっと
思っても帰れる雰囲気にならないからだ。

一昔前は、
働く事、夢を叶える事は、昼夜関係なく、土日関係なく仕事をするもんだ。
そう思っていました。
独身の頃はそれでもよかった。

結婚してすぐ、祖母が入院、父が入院、妻も入院した。
洗濯物を届けたり、見舞いに行ったり、先生の話を聞きに行ったり、
私は1か月半くらい、殆ど仕事せず、働くことを、
「しなかった」のではなく、
「できなかった」のだ。

さてさて、代表である私が現場を離れ、決裁ができない。
会社は混乱し業績は低迷する。
そう思うかも知れないけど、その時は逆に売上が伸び、
社内が一つになったように思う。

思った、できないと思っていたのは実は私だけなのだと。
仕事と生活が2階建てだとすると、
1階が仕事で2階が生活ではなく、
土台を含めた1階が、間違いなく生活で、
そこがしっかりとしているから2階の仕事に集中できるのだと。

それから、フレックスタイム制、リフレッシュ休暇、ボランティア休暇など
色々と導入し、働きやすさを追求している。
それも、自分の経験から出来た仕事と生活の物差しがあったからだ。


しかし、最近また色々と考えている。
私のいる業界は、夜に会議をすることが多い。
これは就業規則上、どうなんだろう。
イベントなどであれば、夜や土日であってもいいと思う。
ターゲットが来やすい時間や曜日を選ぶべきだから。

しかし、それが○○を話し合う場という明白な所があるのであれば、
それは仕事であり、仕事である以上は、日中にするべきだと思う。
或いは残業代をしっかしと出すか……。

スケジュールが合わない……
そう言うかも知れないけど、本当にスケジュールを合わせようとして
いるのだろうか?
私思うに、その夜の会議そのものが仕事と定義されていないように思う。

話しが変わるが、
子どもが寝る前に小一時間ほど一緒にいると、
子どもが父親に対する態度が変わってきた。
それ以上に、子二人を妻一人で見るのには限界があり、
お風呂と寝かしつけくらいは夫婦でやるようにしている。

仕事が生活を犠牲にしては意味がない。
さて、業界に身をおく自分自身として、
また私どもとして、この夜の会議とどう向かい合って行けば
いいのだろうか…。
業界の物差しそのものを変えないといけないかな…。

小倉譲 拝

小倉譲の旅ブログ 付添い介護付き旅行「旅こころ」へ

プロフィール
  • 小倉譲顔写真
サイト内検索
新着日記
カテゴリー
新着コメント
月別アーカイブ
関連リンク
  • バナー:NPO法人しゃらく
  • バナー:NPO法人ワーク・ライフ・コンサルタント
携帯サイト
  • qrcode
管理者